Robert Schumann の交響曲って

私は、楽譜をながめながら、曲を聴くことがあります。 その意味で言うと、Robert Schumann の交響曲は最悪です。 すぐに追えなくなるのです。 楽器の数が多すぎてページがめくれない Gustav Mahler や複雑なリズムや変拍子でたいへんな Igor Stravinsky とは全く異なるむずかしさなのです。 スコアを追うときには、主旋律を参考にしたり、リズムを参考にしたりします。 Robert Schumannはよくオーケストレーションが下手といわれますが、その理由が木管楽器と弦楽器が全く同じメロディ・リズムで同時演奏するからといわれます。 良い演奏では、そのような同時進行でも音量やバランスを調整して、パステル画のようにうまくひびかせてくれます。 そうなると、どの楽器をみていたら良いのかわからなくなってしまうのです。 また、拍子を狂わせるシンコペーションが多用されるため、楽譜の見た目と演奏のリズムがあわずに迷子になることもたびたびです。 Johannes Brahms も対位法的に複数のテーマが同時進行するので、スコアを読みにくいのですが、それでも、Robert Schumann のように迷子になることはあまりありません。

また、同じように聞こえる主旋律が楽譜上は異なっていることも原因の一つです。 図1の続きが図2になりますが、図1の冒頭の D4-F4-D5-F5 のメロディが図1の冒頭では第1バイオリンが奏でておりますが、図2の冒頭では第2バイオリンが奏でています。 さらに、 D4-F4-D5-F5 の続きになる E5-D5-C#5-D5 が、図1の冒頭では16分音符ですが、図2では32分音符の連続です。

図1 冒頭の楽譜(上から、第1バイオリン、第2バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス)
図1の続きとなるところ

もちろんわかりますよ。 図2ではトレモロで演奏しろということですよね。 でも、テンポが速いので、スコアをみながら聴いていると、差を聴き分けることはとてもじゃないけど私にはできません。 バイオリンを子どもの頃に習っていた家内に、どちらなのか聴き分けてもらう意地悪クイズをしましたが、正解に至るのはむずかしいようでした。 私自身はまったくわかりませんでした。

Robert Schumann のピアノ曲でも、「弾きにくいくせに響きが貧弱。 ピアノの響きに対して鈍感。」という批判がよく聞かれますが、全く同じことが交響曲でも起こっていると考えていいでしょう。 図1~図2を正確に奏でることがどれほど困難か。 それにもかかわらず、聴き手にはそのむずかしさが全く伝わってきません。 でも、これらの旋律は、木管楽器と弦楽器、ときには金管楽器も重なることがあります。 ずれると音が濁ります。 アマチュアオーケストラはもちろん、プロのオーケストラでもうまくいっていないのがわかる場合があったりします。

このような状況をかんがみれば、Robert Schumann はオーケストレーションが下手なので修正した演奏が出てくるのは無理もないと思います。  Gustav Mahler による変更は有名ですが、さまざまな指揮者が大幅な変更を行っているのはよく知られています。 しかしながら、私自身はそのような変更が単なる改悪であると考えています。 なぜなら、楽譜に忠実な演奏が素晴らしいからです。 古くはWolfgang Sawallisch による Sächsische Staatskapelle Dresden の演奏(1972年)があげられるのはご存じかと思います。 当時の楽器を用いた演奏も最近よく見かけるようになりましたが、こちらだと、より一層アラが目立ちます。 そのかわり、うまくいったときの素晴らしさと言ったら。

私は Robert Schumann を代表する楽器は「頭」だと思っていますが、このことを裏打ちするような歴史的な事実があります。 それは、交響曲第4番の改訂です。 この曲は 1841年に初版が書かれ、51年に改訂されています。 初版は演奏の難易度が高く、ひとつの楽器のミスが曲をぶち壊してしまうと言う欠点があります。 1851年の改訂版では、特定の楽器が単独で難しいパッセージを奏でるかわりに、複数の楽器で同じ旋律を重ね、ミスが目立たないようにしました。 つまり、多少演奏が下手なオーケストラでも音がかすれず、確実に力強い響きが得られるようになりました。 ピアノ曲では Clara という当時最高のヴィルトオーゾピアニストが隣にいたわけですが、オーケストラではそうはいきません。 ひとりが全てを演奏するわけではありませんから。 Johannes Brahms は1841年の初版の「室内楽的な繊細さや管楽器の透明な響きの掛け合い」という美しさを好み、初版の出版を強行し、Clara と対立しました。 Clara は、Robert が初稿版を気に入っていなかったからこそ、10年たって全面改定したと考えていたのです。 このことは Clara の作品を考えるとわかる気がします。 Robert の作品は理想主義的で演奏の難易度など全く考えていないのに対し、Clara の作品は現実的で演奏効果を重視していたように思います。 例えば、ピアノ協奏曲では、Clara の作品はピアノが圧倒的な主薬です。 それに対して、Robert の作品ではピアノがオーケストラの美しさに寄り添い、時には伴奏に回る構造になっています。

話がそれましたが、交響曲第4番の 1841年初稿版の良さを、私はつい最近まで知りませんでした。 手元には何枚かの CD があったのですが、良いと思っていませんでした。 最近になって、Sir John Eliot Gardiner / London Symphony Orchestra の Multi-Ch SACD(2018年)でその良さを初めて知りました。 あらためて、Orchestre Révolutionnaire et Romantique(1997年)の 1841年初稿版と1852年改訂版の両方を改めて聴いてみると、1841年初稿版の良さがやっとわかるようになりました。

こうやって文章にしてみると、Robert Schumann の交響曲は、楽譜を読むだけでも、録音を聴くだけでも、その本当の姿が見えにくいのだと思います。 両者を突き合わせたときに初めて、作曲家が何をしようとしていたのかがやっと見えてくるのです。

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