5. 私の思いは・・・
Robert が、人生の後半を梅毒による精神障害の中で過ごしながら、曲を作り続けたなんて、信じたくなかったのですが、どうやらそれは事実のようです。 Robert に限らず、この当時の音楽家で梅毒にかかっていた人は珍しくないようです。 私が知る限りでは、Mozart, Beethoven, Schubert, Chopin, Smetana がそうです。 当時は、特効薬もなく、感染力が強い病気ですから、無理もないことなのでしょう。 ただ、ペストなどのような死を招く急性感染症ではないので、市民の間に蔓延していったというべきなのでしょう。
慢性に進行する精神障害の場合、症状は一進一退です。 要するに、症状が軽い時期が続くかと思うと、重い時期が続いたりもします。 従って、「この時期以降は正常な思考が不可能だ。」と決めつけることはできません。 あくまで、私の印象ですが、製作年が 1845 年ぐらいの作品から、Robert Schumann の実力が発揮されていない作品が散見されるような気がします。 そして、1850 年以降は、まさに玉石混交状態となっているように思います。 残念ながら、Endenich の精神病院収容後にかかれた作品は、もはや、Clara によって後年破棄されたため、我々の知る余地はありません。
私が Schumann が大好きな理由は、Robert Schumann のピアノ曲の魅力(後編) に書きしるしたメロディの複雑な掛け合いで生じる、素敵なハーモニーです。 単純なカノンと異なり、使われるメロディや Motivが、同曲の他楽章にもみられる「回想と循環」がみられるでき上がってくるハーモニーのきれいなこと。 同様の美しさを、Schubert の「幻想ソナタ(D. 894)」でも感じることがありますが、「幻想ソナタ」の場合は、そういう美しさは曲の一部にしかありません。
私の持論からすると、Robert Schumann の楽器は頭脳(Robert Schumann って参照)です。 加えて、かなり複雑で声部の入り組んだ書法が、先に書いたような美しさには不可欠ですから、精神障害に苦しんでいた時期の Robert Schumann にそれを求めるのは、無理というものです。 この意味で、精神障害を苦しんでいた時期(人生の後半)の作品に、それを求めるのはむずかしいと考えざるを得ません。 そして、末期に至っては作曲どころではないでしょう。 私の大好きな作品が、どちらかというと、初期の作品に多いのは、そのためなのかもしれません。 こんなことを考えると、私のほうが、憂鬱になりそうです。
ところが、Clara と Brahms が封印した作品の中にも、素晴らしい作品が残っていることを、私は、2026年になってやっと理解しました。 Clara や Brahms は精神症状が強い Robert に気をとられすぎていたのかもしれません。 または、あまりに Robert が先取りしすぎて、Clara と Brahms の理解がおよばなかった可能性もあると思います。
歴史に「もしも、・・・」は、許されませんが、ペニシリンの発見があと 150 年はやかったら、もっと先鋭的な作品が量産されて、音楽史が変わってしまったと思わずにいられません。
Robert 亡き後の Clara について、若干書いておきましょう。 Brahms との長期間にわたるプラトニック・ラブが、巷では有名ですが、これについて、私はとんでもない邪推をしていました。 Manches geht in Nacht verloren — Die Geschichte von Clara und Robert Schumann を読むまで、Clara は、Robert の各種の症状が梅毒によるものだと知るや否や、彼を見捨てたものだと思っておりました。 Clara は今から 160 年も前に、結婚の自由を求めて、裁判所に訴えをおこすぐらい、自立した女性です。 その相手が、自分に死病を感染させているかもしれないとわかれば、相手と離縁するぐらいのことはしそうです。 例えば、Clara が Robert の入院中に、死の直前まで見舞いをしなかったのは、Clara が Robert を見捨てたためだと思っておりました。 Brahms とのプラトニック・ラブは、自分の梅毒(その当時の医学では、明らかな症状のない時期の梅毒を検査する手だてはない)を相手に感染させないためなのかと、思ったこともありました。
これは、私の浅薄な考えでしかありませんでした。 バカの考え、休むに似たりとはよく言ったものです。 事実は、大きく異なっていました。 Clara は、あまりに深く Robert を愛していたため、あまりのショックに、Clara 自身が、反応性うつ状態に陥ってしまいました。 (本当のうつ病は、どうしてうつ状態になったのか、回りは理解できないわけですが、クララの場合は、愛する夫の死が原因だと、誰でも理解できますね。 こういうのを反応性うつ状態といいます。) Clara は、Robert の精神症状の悪化を避けるために、医師から面会を禁じられていました。 さらに、Robert 亡き後、 Clara は、自身の精神状態(反応性うつ状態)が一層悪化したことから、転地療養を勧められ、各地で演奏旅行を繰り返していました。 これは、もちろん、たくさんの子供たちを養うという経済的な理由もあったことでしょう。 その後、Clara が亡き夫の作品の整理などに本格的に乗りだすのは、死後 20 年以上を経た 1877 年のことです。 私が調べ得た限りでは、Brahms とのプラトニック・ラブは、有名ですけれど、ゴシップ記事の域をでないようです。 確かに、ふたりとも、Robert の良き理解者であり、良き友人でありましたが、それが単純な誤解につながっただけなのでしょう。 まさに生涯をかけて、Clara は Robert を愛し抜いたと言うべきでしょう。
追伸:
Robert が指のトレーニングのために用いた器械で指を壊したという情報の出所は、なんと Clara の父、Friedrich Wieck のようです。 「有名になった弟子の一人が指を強化する道具を使ったため、2本の指の腱を痛めてしまった」と、Friedrich Wieck が書いたため、誰もが、その弟子とは Robert Schumann のことであると考えたためのようです。

コメント