ソナタ形式の変遷と Robert Schumann が果たした役割

交響曲をはじめとして、ソナタ形式はクラシック音楽のなかでたいへん大切な役割を果たしていると思います。 本稿では、ソナタ形式の変遷をたどりつつ、Robert Schumann は、どんなことを考えていたのかを論じてみたいと思います。

「そもそもソナタ形式って何?」という方もいらっしゃるでしょう。 ソナタ形式の萌芽の時期には、「主題提示 → 転調 → 主調への回帰」という考え方が定着し、一定の形をつくったのが Franz Joseph Haydn で、提示部 → 展開部 → 再現部という形を取ります。

提示部

  • 第1主題(主調)
  • 経過部
  • 第2主題(属調・平行調など)
  • 終結部

展開部

  • 主題の変形
  • 転調
  • 緊張を増大させる
    音響再現部の冒頭で和声的な解決へと導く

再現部

  • 第1主題(主調)
  • 第2主題(主調)
  • 終結部(コーダ)

古典派においては、 Franz Joseph Haydn の枠組みの中での発展がみられるように思います。 例えば、Wolfgang Amadeus Mozart は、第1主題ではオペラの序奏のような華やかさ(男性的)を提示し、第2主題ではオペラ歌手が可憐に歌い始める(女性的)といった対比が盛り込まれます。 一方、Ludwig van Beethoven は、展開部が長く複雑化しただけではなく、単なる終結部であったコーダが重要視され、楽曲全体のクライマックスになることもよくあります。 交響曲第5番「運命」の第1楽章では、提示部の2倍以上の長さのコーダがクライマックスになります。

一般に、ロマン派におけるソナタ形式とは、古典派における枠組みの構成を、より自由で幻想的な構成として、劇的な対比よりも叙情的な旋律がもつ美しさを重要視したように思われています。 確かにそういう一面もあるでしょう。 例えば、Franz Peter Schubert は、叙情性にあふれた長い旋律を主題として採用し、展開部や再現部だけではなく、提示部においても頻繁な転調を行います。提示部のなかの経過部が拡張され、別の美しい主題があらわれることもよくあります。 長大なコーダは、Ludwig van Beethoven とよく似ていますが、曲のクライマックスではなく、静かに余韻を残して終わります。 代表的な例としては ピアノ・ソナタ第21番 D960 の第1楽章をあげたいと思います。 後期ロマン派のWilhelm Richard Wagner 以降では、調性の変化さえ、あいまいになります。 ロマン派においてソナタ形式が破壊されたという論調が出てくるのも無理はありません。

本題の Robert Schumann がソナタ形式にもたらしたのは何でしょうか? 主題の回想と循環だというのはよく言われることです。 例えば、ピアノソナタ第1番・第1楽章は、美しく叙情的な序奏で始まりますが、General pause 後の第1主題はフロレスタンー情熱的で「動」ーに対して、第2主題はオイゼビウスー内省的で「静」ーです。 そして、これらのなかで、Clara の動きと呼ばれる5度の下降する音型が、そこいら中に散りばめられていて、どこかで聞いたことあるぞ・・・と思わせられます。 さらに、第1楽章の序奏は第2楽章でも歌われ、第4楽章でも Clara の動きが重要な要素として繰り返されます。

Hans von Bülow が Ludwig van Beethoven の第10交響曲と絶賛した Johannes Brahms の交響曲第1番はどうだったのでしょうか。 驚くべきことに、Hans von Bülow は Franz Liszt の愛弟子であり、Wilhelm Richard Wagner の熱狂的に支持者でした。 すなわち、古典的なソナタ形式は時代遅れと考えていたのです。 しかしながら、Johannes Brahms の交響曲第1番を聴いた Hans von Bülow は、音そのものの構築美で真っ向から勝負したソナタ形式に圧倒され、Ludwig van Beethoven の正統な後継者が現れたと考え、立場を変えたのです。 彼は、この10番は、第2番と第3番の間に置かれるべき傑作だとも評しています。 それは、第9番の「合唱」のように交響曲の枠組を破壊する方向ではなく、純器楽としての緊密なソナタ形式を極限まで突き詰めたと考えたのです。 しかしながら、Johannes Brahms のソナタ形式は、Arnold Franz Walter Schönberg が developing variation と読んだ、小さなモティーフを、形を変えながら絶え間なく成長・変化させていく工夫であり、Ludwig van Beethoven とは異なる方向性を向いています。 この萌芽が Robert Schumann の回想と循環にあると私は思っています。 そして、Johannes Brahms の場合は、主題よりも小さな種子(モティーフ)が重要です。

いろいろな考えかたがあると思いますが、私は、Wilhelm Richard Wagner と Johannes Brahms との対立を音楽内部で統合し、Robert Schumann の循環的発想をソナタ形式という枠組みにまとめ上げた作曲家として、Anton Bruckner をあげたいと思います。 古典派における「対立 → 展開 → 解決(勝利)」という形式から、「3つの主題の提示 → 成長 → 統合(和解)」という形式に変えたのだと理解しています。 ここでいう成長と統合とは、Johannes Brahms の developing variation が生きており、記憶と変容のことです。 ただし、そのような作品は最後期のみで、交響曲第8番に顕著に表れていると考えます。 Bruckner リズムや Bruckner コラールは、Robert Schumann の作風に似ていると思いませんか? それは当たり前です。 Anton Bruckner は、Otto Kitzler に師事していた時代に、Robert Schumann をはじめとした作曲家の勉強をさせられており、Kitzler-Studienbuch(キッツラーの練習帳)として残っています。

以上の考察から導かれるのは、Ludwig van Beethoven までの古典派はソナタ形式の確立であり、ロマン派は形式の再解釈と理解するのがよいのではということです。 すなわち、形式の崩壊ではなく、形式の内面化をはかったと考えます。 

まとめると、古典派においては、調性の秩序を作った Franz Joseph Haydn、主題で性格の対比をした Wolfgang Amadeus Mozart、精神的闘争を取り入れた Ludwig von Beethoven によって築き上げられたソナタ形式は、対立 → 展開 → 解決 の物語です。  これに対して、ロマン派においては、回想と循環を取り入れた Robert Schumann、モティーフからの developing variation によってわかりやすい構成にまとめ上げた Johannes Brahms、3つの主題を記憶と変容によって統合を目指した Anton Brucknerによって築き上げられたソナタ形式は、対立から有機的成長の形式に変わったといえます。 Robert Schumann は、古典派ソナタ形式を記憶と変容の形式に作りかえる試行錯誤をした最初の作曲家と位置づけられるのではないかと、私は考えています。

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