Carnaval, Op. 9 | (99/2/16 記) |
Carnaval, Op. 9 は、Robert Schumann の作曲家としての天分を、世に知らしめた最初の作品と言えましょう。 この作品は、ABEGG Variationen Op. 1 と同様のアルファベット(音名)の音型化と、Papillon Op. 2 の仮面舞踏会と同様の変奏曲類似の形式とを併せ持っております。
この作品は、原題が Carnaval. Scnes mignonnes composes pour le Pianoforte sur quatre notes (謝肉祭、ピアノのための4つの音符による情景)とフランス語で書かれ、次の 21 曲から構成されております。
Carnival という名前と革新性について カトリック教では、復活祭の前の 40 日間、食肉を禁止されるが、その 40 日間の直前に行なわれるお祭りが、Carnival (謝肉祭)と呼ばれる。 現在では、リオのカーニバルで知られるように、仮装行列によるお祭り騒ぎが、カーニバルと呼ばれるようだ。 ところが、Robert の時代には、現在のドイツ・オーストリア地方の Carnival は特別な意味を持っていたようだ。 Carnival は、政治的なレジスタンス運動のひとつであった。 当時の社会情勢としては、フランス革命後のナポレオンによるヨーロッパ制圧−民族による自立が行なわれていた。 そうした民族自立の隠れみのに、Carnival というお祭りが使われたのである。 人々はピエロの格好をして集まり、お祭り騒ぎをして、そこに当時の反体制側が行列を作って、人々にアピールしたのである。 もちろん、権力者達にそれを知られてはまずいので、行列には、ピエロなどお笑い集団が混じっている。 現在でも、Dsseldorf, Kln では、町をあげての仮装行列によるお祭り騒ぎ(写真は、我楽多(がらくた)箱を参照)が残っている。 そういった時代背景を知れば、この曲が、ピエロやアルルカンで始まって、フロレスタン、オイゼビウスといったシューマン自身の分身が出てきて、さらにショパンやパガニーニやキアリーニ(クララ)もあらわれ、最後にダヴィッド同盟が登場するのも、納得がいく。 既存の音楽に対する革命に、Carnival という名前がつけられているのは、当時の社会事象そのものであった。
この曲には、Robert のシューマンの初恋の人とされるエルネシティーネの故郷の Asch という地名が音名として、それぞれの曲に埋め込まれています。 A-S-C-H という文字が、SCHumAnn というふうに自分の名前にもはいっているという、意味ありげな遊びが、創造力をわきたてたとも言われています。 S をエスと読むことで、音名の Es に見なしたり、A-S をそのまま 音名の As に見なすことによって、A-S-C-H は、いろいろと変化します。 その音列が、第8曲と第9曲との間の Sphinx に示されています。
譜例1
Es-C-H-A は、Es をエスと読むことで S に転じさせ、SCHumAnn を意味する。
As-C-H では、A-S を As の音名に転じられている。
この作品の小曲には、何らかの形で、譜例1にあげた Es-C-H-A / As-C-H / A-S-C-H の音が冒頭に埋め込まれています。 このことは、既にいろいろな文献(例えば、作曲家別名曲解説ライブラリー 23:シューマン 音楽之友社)で触れられていますから、もういいでしょう。 Edition Breitkopf によるクララ原典版の楽譜にも、その旨が書き込まれておりますし、どの音が該当するのかもマークされています。
ここでは、n'Guin が個人的に感じている Schumann らしさ という観点から、論を勧めたいと思います。 Schumann のピアノ曲の魅力 --- 良くある誤解(前編)・(後編)に、ピアノの音そのものの響きの美しさと、和声進行の美しさだと書きました。 また、Intermezzi Op. 4 の解説では、古典派にはみられないリズムの特徴を書き出しました。 こういった観点からみると、Carnival は、Schumann らしい特徴が、誰にでも理解しやすい・演奏しやすい形(比較の問題ではありますが)で表現された最初の作品だと思います。
譜例2
第5曲 Eusebius より
譜例2では、5連符と3連符の連続というリズム構成です。 譜例の一番右側では、5連符(全部で1拍分)と3連符(全部で1拍分)の伴奏もまた、3連符(こちらは全部で2拍分)と複雑なリズムになっていますが、どのようなアーティキュレーション(曲想のつけかた・弾き方)をしたらよいのかは、Intermezzi Op. 4 に比べると、かなりわかりやすいと思います。
譜例3
終曲 Marches des "Davidbndler" contre les Philistins より
赤丸は、“副々付点音符”を示す。
水色でかたどられた部分は、メロディラインを示す。
譜面3に至っては、赤丸に示したように、(なんと!)付点が3個ついた副々付点音符が用いられています。 赤丸以外にも、副付点音符が多用されています。 ちょっと見た目には、Intermezzi Op.4-1 より、はるかに複雑そうに見えますが、譜面3におけるメロディラインは、 水色でかたどられた部分なので、副々付点音符や副付点音符のリズムが少々いいかげんに弾かれても(失礼!)、あまり曲のイメージが変わらないのです。 Intermezzi Op.4-1 の場合は、複雑なリズムがメロディラインそのものなので、ちょっとでもリズムが崩れると、曲の魅力が半減してしまいます。
この曲の聞きどころは、Davidsbndlertnze Op. 6 と同様に、おどけた性格を持つ小曲と真打登場といった性格を持つ小曲の弾き分けにあると思われます。 この意味で、LP/CD の演奏の良し悪しを判断するのは困難で、演奏者の作り出した Carnival の憧憬のコントラストや、演奏者の思い入れとそれに対する聴き手の共感といった要素が、演奏の評価を決める上で重要だと感じます。
何しろ有名な曲なので、手持ちだけでも 10 数枚以上ありますが、私の心の琴線に触れた演奏を書き連ねてみたいと思います。 まずは、Bella Davidovitch (Philips, 9550667, LP)の演奏でしょうか。 曲ごとの弾き分けの見事さという点で、他の追随を許しません。 難点をあげつらえば、生真面目すぎる点でしょうか。 仲道郁代の演奏(BMG BVCC-1089)は、リラックスした、余裕のある演奏で、とにかく楽しませてくれます。 伊藤恵(Fontec FOCD2525)は、先のふたりの中間的な演奏で、悪くありません。 但し、ひとつだけ気に入らないところがあります。 (それはどこでしょう? わかった方はメールにて。)
もうひとつ、忘れてならない変態盤があります。 Carnival Op. 9 のオーケストラ編曲版です。 Peter Glke 指揮 Radio-Symphonie Orchestre Berlin の演奏(Koch-Schwann LC1083, LP)です。 こちらは、お遊びということで・・・