ROBERT SCHUMANN の指の故障・死因の謎?(その3) | (98/5/12 記) |
3. 梅毒で説明できるのか?
最初に、疑問点を列挙し直しておきましょう。疑問1 指の故障は梅毒で説明できるのか?ひとつひとつ、前回の 2. 梅毒って? を引用しながら解き明かしていきましょう。
疑問2 Robert の精神障害および死は梅毒で説明できるか?
疑問3 聡明な Clara が、Robert が梅毒であることに気づかずに結婚したのでしょうか?
疑問4 精神病院に入院中に、なぜ Clara は Robert を見舞わなかったのか?
疑問5 Robert が梅毒だったとして、Clara に感染しなかったのか?
疑問6 Clara が梅毒に感染していたとしても、Clara が長命だったことを説明できるのか?
疑問7 子供たちは梅毒から無事でいられるのか?
(3) 神経梅毒以上の、引用でおわかりの通り、腕の筋肉の異常がおこるので、当然ながら、指の故障は神経梅毒の最初の症状として適当と言えましょう。 腕と指やちがうじゃないかとお考えかもしれませんが、指を動かしているのは、前腕(ひじと手のあいだの部分)の筋肉です。 手のひらを上に向けて、手を強く握ったり開いたりしてみてください。 前腕の筋肉が働いているのが、よく分かると思います。
(中略) 最初におこってくるのは、髄膜血管性神経梅毒です。(中略) また、肩と腕の筋肉の脱力と萎縮、あるいは、失禁などの膀胱症状を伴う進行性の両足の麻痺(対麻痺)もおこります。
疑問2 Robert の精神障害および死は梅毒で説明できるか?
引き続いておこってくるのは、実質性神経梅毒です。 脳神経が直接侵され始めることによって引き起こされます。 進行麻痺は、主として 40 才代ないし 50 才代の患者にみられます。 発病は目立たず、行動・性格の変化が最初の症状として現れてきます。 過敏、集中力低下、記憶力低下、判断力低下、(中略)情緒不安定、無力感、抑うつ、および洞察力の欠落を伴う誇大妄想などもよくおこります。Robert の精神障害、および、それに引き続く死は、神経梅毒の一連の症状として説明することが可能です。 上記の赤で表示した部分が、Robert によく当てはまります。
(中略) 脊髄癆(運動失調症)は、脊髄が侵された場合の症状で、身体の各部位の疼痛、、麻痺や失調などがおこります。(中略) 神経梅毒は、死に至る病です。 進行麻痺や脊髄癆が進行すれば、食事を取ることはもちろん、動くことができなくなります。 呼吸中枢が侵されれば、呼吸も止まってしまいます。
疑問3 聡明な Clara が、Robert が梅毒であることに気づかずに結婚したのでしょうか?
第2期になると、外陰部のみならず、全身の皮膚粘膜に、第1期と同様のポツポツが出るようになります。(中略)この時期のポツポツは、最も梅毒に特徴的な発疹で、最も鮮やかな赤色をしているそうです。 この梅毒に特徴的な発疹は、第2期を過ぎると見られなくなります。 (中略)この時期は、個人差がありますが、おおむね2年続きます。Robert が指の障害を自覚したのは、1831 年のことです。 この時期には、梅毒は、第3期に入っていたと考えられますので、上記に掲げた梅毒特有の症状が出ていたのは、その前(1930 年ごろ)だと思われます。 Clara が Robert とおつきあいをはじめたのは、1835 年ですから、そのころには、Robert の梅毒は、既に第3期に入っていますので、梅毒特有の症状は表面には出ていません。 そんなわけで、Clara は、Robert が梅毒であることに気がつかずにいた可能性が高いと思われます。
疑問4 精神病院に入院中に、なぜ Clara は Robert を見舞わなかったのか?
これはもう、想像するしかありませんが、先に書いたように、Clara は、Robert が梅毒であることを知らなかった可能性が高いわけです。 おそらく、自殺未遂事件をおこして、精神病院に入院したときには、Robert は、神経梅毒だと診断がついたことでしょうから、初めて、Clara は Robert が梅毒であることを知ったのではないでしょうか。 梅毒は、当時の人たちにとっては、性行為感染症であると同時に死に至る病ですから、Clara の Robert への憤慨は大きかったのではないでしょうか。
それとも、俗説のごとく、Clara は、既に Brahms と恋愛状態にあったのでしょうか? Clara の産んだ最後の子供である Felix は、Brahms との間にできた子供だと言う説があるぐらいですから。
もうひとつの可能性は、病状が重く、医師から面会謝絶を言い渡されていたのかもしれません。 いずれにせよ、この問題は、Clara の伝記などの資料を読まないと、解決できないでしょう。
疑問5 Robert が梅毒だったとして、Clara に感染しなかったのか?
第3期は、下記の3つの状態がおこります。 第3期にはいると、もはや、他人への感染性はありません。先に書いたように、Clara が Robert と付き合い出したのは、Robert が指の障害を訴えてから、数年以上経ってからです。 従って、Robert の梅毒は、第3期に入っていたと考えられます。 従って、Clara は感染していなかったと思われます。
疑問6 Clara が梅毒に感染していたとしても、Clara が長命だったことを説明できるのか?
その後、第2期におこっていた症状は消えうせ、後期潜伏期(通常、感染してから発症するまでの潜伏期のことを、梅毒の場合は、特に前期潜伏期と呼ぶことになっています。)に入ります。 この時期は、感染力がありませんし、何の症状もありません。 幸いなことに、おおむね3分の2の梅毒患者は、何の症状もなく、一生を過ごすことができるようです。 ところが、残りの3分の1の患者では、悲惨な第3期に移行していきます。従って、誰もが Robert のように悲惨な最期をとげるわけでは無いわけです。
Clara が梅毒に感染していなければ(その可能性は高いのですが)子供たちは無事です。
母親が梅毒だと、生まれてくる子供は、先天性梅毒にかかる可能性があります。 先天性梅毒では、各種の奇形が認められることがあります。 幸い、先天性梅毒の子供は、梅毒の母親から生まれた子供の5%程度にしか見られません。 また、ほとんどの場合、一生を梅毒との共存状態で普通の生涯を送ることができます。仮に Clara が梅毒に感染していたとしても、子供たちは、普通の生涯を送れる可能性が高いわけです。 実際、8人の子供たちのうち、早死にしたのは1人だけです。 乳児死亡率が高かった当時を考えれば、ごく普通のことだと思われます。
以上、書き連ねたことをまとめると、Robert の生涯に対する疑問は、(残念ながら)梅毒で、全て説明できる(おこりうる)可能性があります。 それを確かめるためには、詳細な伝記を読むしか手がありません。 手元にある Robert の伝記は、薄っぺらなもの(150page 強)で、「神経梅毒にかかった」とそっけなく書いてあるだけです。 しかし、少なくとも、例の指を強化するための器械については触れられていないようです。 ここは、Clara の伝記など、いろいろな本を探してみるしか手がありません。 私にしても、Robert が、人生の後半を梅毒による精神障害の中で過ごしながら、曲を作り続けたなんて、信じたくありません。 しかし、真実はひとつだけのはず。 さっそく、Stern Verlag (Desseldorf で一番大きな本屋さん)で探してみることにしました・・・。
(to be continued...)