Fantasiestcke, Op. 12 (99/3/21 記)
 

Fantasiestcke, Op. 12 は、1837 年の春から 1838 年の年頭にかけて作曲された作品です。 作品番号では 12 番ですが、Op. 13 (Symphonische Etden), Op. 14 (Groe Sonate Nr. 3) より後に書かれたことになります。 作曲された時期を反映していると思われますが、この曲は、形式や技巧に粋を凝らした Kraviersonate Nr. 1 (Op. 11) とは大きく異なり、文学的・情緒的な美を追究した作品に仕上がっているようです。 この曲は、下記の8曲からなります。 なお、遺作として、Op. 12-9 が残されています。 この遺作は、第2曲の Aufschwwung に似たテーマを持っていることから、第8曲の後ろにつく作品ではないようです。

  1. Des Abends(夕べに)
  2. Aufschwung(飛翔)
  3. Warum ?(なぜに)
  4. Grillen(きまぐれ)
  5. In der Nacht(夜に)
  6. Fabel(寓話)
  7. Traumes Wirren(夢のもつれ)
  8. Ende vom Lied(歌の終わり)
譜例1に、第1曲 Des Abend の冒頭を示しました。 8分の2拍子と記載されていますが、赤丸でくくった旋律は、1小説あたり3個で、3拍子風になっています。 この3拍子風の旋律は、第1曲全体を通して流れており、はっきりした2拍子のリズムを感じることもなく、かといって、はっきりした3拍子のリズムを感じることもなくなっています。 Robert らしいリズム感覚といえましょう。 シンコペーテッドなリズムやアクセントを多用して、本来の拍子からアクセントをずらした進行は、Robert のこれまでの作品で多用されてきました。 この作品では、シンコペーテッドなリズムもアクセントの多様もありません。 しかしながら、本来の拍子からのずれた拍子感覚のなさは、この曲の幻想的なイメージを高める効果をもっているように思います。 より洗練された感じがいたします。

  譜例1
Fantasiestuecke, Op.12 (5K)


赤丸が、旋律を示す。 
8分の2拍子にもかかわらず、旋律進行が3拍子風であることに注意。

譜例2には、第2曲の冒頭を示しました。 この曲は、第1曲のおだやかさ(静)と対照的で、鮮烈な飛翔のイメージ(動)がわき上がります。 飛翔のイメージが強いのは、冒頭のスタカート(青丸)とスラー(赤丸)の効果が大きいように思います。 赤線部のところですが、注意して聴かないと(弾かないと)付点八分音符と十六分音符になってしまいます。 赤線部の冒頭のスタカートにも注意したいところです。 演奏効果に優れた小曲なので、アンコールなどで単独で取り上げられることもありますが、Chopin のピアニズムとの違いは、ここで掲げた点でも明らかでしょう。

  譜例2
Fantasiestuecke, Op.12 (11K)


青丸がスタカット、赤丸がスラーを示す。 
赤線部のリズム構成にも注意したい。

第3曲で、再び第1曲と同様の静の曲に戻ったかと思うと、第4曲の冒頭では動のイメージです。 しかしながら、第4曲の中間部は、もの思いに沈み込むイメージで、曲の広がりを感じさせます。 第5曲から第8曲までの曲想・題名にまつわる逸話は、みなさまもご存じでしょう。 第5曲に関して、Robert は、Clara にこう書き送っています。「この曲を書きおわってから、ヘロとレアンダの話をみつけて喜びました。 あなたも知っているでしょう。 レアンダは、毎晩、海を泳いで愛する人の待つ灯台まで行くのです。 愛する人はたいまつをかかげて待っています。 古いロマンティックな伝説です。 この曲(夜に:第5曲)を弾くとき、このイメージが忘れられないのです。 彼が海に飛び込む − 彼女が呼ぶ − 彼が答える − 彼が海を泳ぎきり陸へ上がる − そして抱擁の歌 − 去り難い別れの時 − そしてついに夜がすべてを闇へと包んでしまう。 あなたもこのイメージが合っているように思いますか?」「(歌の終わり:第8曲について)思ったのは、終わりには全てが楽しい結婚式へと流れ込むということでした。 しかし、終わりにはまた、あなたを想う胸の痛みがもどってきて、婚礼の鐘と葬式の鐘とがいりまじって聞こえてきてしまうのでした。」 この曲が書かれたころは、ちょうど Robert と Clara も別離の時を送っていたわけで、自分たちにイメージを投影していたのかもしれません。

冒頭にも書きましたが、この曲は、文学的・情緒的側面が強く、全体を通したストーリー展開が魅力に感じられます。 Papillon Op. 2 や Carnival Op. 9 でも、動と静の対比が曲を聴く楽しみがありますが、この曲では、単なる対比だけではないと思います。 歌曲のような楽しみ方といえましょう。 写真を楽しむ方なら、単写真ではなくて、組写真の楽しみといえば、おわかりいただけるかもしれません。

この曲は、思ったほど録音がありません。 リヒテルの演奏が、好録音として、よく引き合いに出されます。 第1曲や第3曲など、静のイメージの曲の演奏は、確かに優れています。 しかし、第2曲、第5曲や第8曲などダイナミックさが必要とされる曲では、心ひかれる演奏とはいえません。 リヒテルの逆の例としては、ルービンシュタインがあげられましょう。 あまりに軽くあかるすぎる。 グルダの演奏は、その逆で、静のイメージの曲が荒々しいようです。 この曲をうまく弾きこなしそうな、ピリス、館野泉、仲道郁代あたりが、録音してくれたらなぁと、いつも思っています

さて、お勧めの LP / CD ですが、伊藤恵の演奏(Fontec FDCD2524)があげられるでしょう。 もうすこし落ち着きが欲しい曲もあるとは思いますが、ピアニスティックな曲の良さを打ち出しています。 幻想的な側面をうまく出した演奏として、カール・エンゲルの演奏も忘れることはできません。 お勧めは、この2枚です。 なお、第9曲(遺作)は、伊藤恵やデムス、ゴールドスミスが録音を残しています。

(以降 99/4/4 追記)

ジェルギー・シェベックの LP を手に入れました。 この演奏も、なかなか捨てがたい好演奏です。 伊藤恵の演奏を、おとなしい方向にもっていったような演奏だと言えば、少しはわかっていただけるかもしれません。 残念なことに非常に入手困難です。

(以降 99/4/18 追記)

若手ピアニストの横山美里が、デビュー録音でこの曲をとりあげておりましたので、我楽多(がらくた)箱・横山美里の小部屋でとりあげました。 ご一読ください。

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