クララ・ヴィークの主題による即興曲(Op. 5) (98/11/26)
 

掲示板でおなじみの伊藤さんからいただいた文章です。

n'Guinさんがメールで「V. Jochum の Op. 5,が白眉の逸品です。」と仰られたので、気になって手持ちの作品5「クララ・ヴィークの主題による即興曲」のCD聴き比べをしてみました。聴いたのはエンゲル、シュヌアー、ヨッフムとDenes Varjon(何て読むのかな、ナクソス盤)です。一晩で延べ6回も聴いてしまいましたが飽きません。名曲なんですね!

この4枚のうち、シュヌアーとヨッフムは1833年初版を、エンゲルとVarjonは1850年改訂版を弾いています。両者の大きな違いは第三変奏(即興)が異なることと、初版の第十変奏(即興)が改訂版には無い事、それに最後のフィナーレが、初版はクララのテーマが突然消えてしまうという意外な終わり方をするのに対して、改訂版はクララのテーマを変奏気味に完結後、和音を二回打ち鳴らして終わることです。

個人的には初版の方が好きです。特に私(やAbegg伯爵)のようにクララの作品3のメロディが耳の穴にこびりついている人間の場合、初版の完結せずに突然消えてしまうクララのテーマの後で、耳の中でクララの作品3が鳴り出すのです。CDは止まっても、聴衆はまだそのままクララの曲を聴き続けるような、そんな魔法にかかります(バッハの無伴奏の魔力にも相通じるような?)。改訂版はその点、ごくまともな曲で魔力はありません。改訂で削除された第十変奏も魅力的だし、第三変奏も初版の方がより「クララ」している気がします。

ロベルトが改訂した後に作曲されたブラームスの作品9「ロベルト・シューマンの主題による変奏曲」に、ブラームスは初版同様の突然音が消えてしまうフィナーレを使っています。これはシューマンへのオマージュだと言われています。ロベルトの1850年の改訂理由は知りませんが、ブラームスにとっても初版がロベルトの原点だったのでしょう。クララの原点はもちろん彼女の作品3で、ブラームスはこの両方の曲を作品9に織り込んでいます。

さて、私の一番のお気に入りですが、それはシュヌアー盤。
シュヌアー翁の演奏は、「熱い」のです。あらゆるリズムに淀みなく、変奏(即興)が進むに連れて熱気を帯びてきます。「熱さ」だけならVarjonも負けませんが、そこは翁と若者、翁は決して荒々しい演奏にはならず、熱い中にも墨絵のような微妙な陰影が描かれています。Varjonは「若い」故の突進が時々顔をのぞかせます。翁が私の好きな初版、Varjonが改訂版と言うのも若者にとってはハンディ。
加えてこのCD、ピアノの音質が抜群に良い。深みのある低音、澄んだ高音。あらゆる音が私の期待通りの音質で出てきます。さすが舞台の真下に録音室を作って、マイクからコンソールまで最短で結び、ダイレクトカッティングしたCDだけの事はあります。 ひとつ気になるのは、(私にとっては好きな点ですが)演奏のリズムに淀みのないこと。n'Guinさん絶賛のヨッフム盤はこの点、時々ぎこちないというか、面白いリズム取りをするのです。それはロベルトの楽譜の指示かも知れません。だとすればシュヌアー翁は楽譜の指示を無視しているかもしれない。いずれHPに掲載されるn'Guinさんの解説を読んで確認してみたいと思います。楽しみです。

他の3枚もいずれも高水準で甲乙つけ難いけど、二番目はヨッフム盤。
ヨッフム嬢の演奏は、楽譜の上を歩くようなリズムで、一つ一つの音を大切にしているという気持ちが伝わってくる演奏。シュヌアー翁に比べるとかなりゆっくりで、冷静さを失わない、静けさを持った演奏と言えます。
このCDの欠点はピアノの、特に低音の音質が軽いこと。これが演奏に軽々しい印象を与えて損をしています。でも、このCDのみで聴いていれば、何等文句のつけようも無い名演です。
蛇足ですが、このCDの裏には「クララ・ヴィークの主題による10の即興曲」と英語/フランス語で表記されているけど、初版は全部で12曲(主題提示+11即興)だから、間違いです。ヨッフム嬢自ら書いたライナーノーツには「12番目の曲でクララの主題のフラグメントで終わる」とあり、誤りはありませんでした。

三番目はVarjon盤。
Varjon青年(?)の演奏も熱い!ただ若気の至りか、時々叩きつけるような強奏をするのが私には引っかかります。シュヌアー翁に比べてリズムが時々ぎこちないのは、ロベルトの指示を守ったから?音質は平均的なデジタル録音の物でやや重心が軽い。でもこれも名演と思います。
話題は外れますが、このCDの3つのロマンス作品28と、アルバムブレッター作品124は気に入りました。特にロマンスは目から鱗...この曲は今までケンプ盤とエンゲル盤(未聴)しか持っていませんでした。ケンプ老人の演奏はどれもイマイチなので納得しました。Abegg伯爵のお勧めはピリス盤なので、いずれ手に入れてみようと思います。このCDよりも優れた作品28の演奏があるとすれば、この曲も大好きになる可能性大です。

四番目はエンゲル盤。
一般的な印象として、エンゲルの演奏は教科書の演奏のようで、何か深みに欠けるところがあります。短期間で全集録音をした為かな?と思ってます(その点、伊藤恵さんは人生を賭けて全集に取り組まれている。期待度極大!)。でもこの曲はエンゲルとしてはかなり好きな演奏。アナログ録音特有の、重心の低い音質も心地よいです。ただシュヌアー先生のように熱くなったりせず、さりとてヨッフム嬢のように立ち止まって足元の情景を確認するような情緒的な事もせず、特徴に欠けると言えば欠けるでしょう。

色々と書きましたが、この曲は元々大好きなだけあって、この4枚の演奏に大きな不満はなく、どれを聴いていても幸せになれます。しかし....聴き比べなど始めると、大本命の伊藤惠さんのCDを持っていないことが気になります。やっぱり買おうかなぁ(^^;

伊藤さんへのメールはこちらに。

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