Fantasie, Op. 17 :追補 | (99/10/3 記) |
この文章は、Fantasie Op. 17(幻想曲) の続編です。
まだ読んでいない方は、そちらを先に呼んでください。
このサイトによくいらっしゃる方なら、お勧めの曲・Fantasie, Op. 17 で、私が、伊藤恵さんの演奏に言及しなかったとは、意外に思っていらしたことでしょう。 事実、私は、当時、伊藤恵さんの演奏にたった1箇所ではありますが、非常に大きな疑問を抱いておりました。 (後述するように、それは私の理解力不足が原因だったのですが・・・。)
Robert は、下降調のメロディを書くとき、Clara を想起していたと言われています。 その例としては、Große Sonate Nr. 3, Op. 14 の第三楽章などがあげられます。 一方、上昇調のメロディはどうでしょうか。 どちらかというと、その後に続く下降調のメロディ、あるいは、すとんと落ちた音に魅力を感じることが多いのではないでしょうか。 例えば、下の譜例1の A-B-E-G-G のモチーフは、上昇調のメロディですが、A-B-E-G-G の後の Gis の音が実に映えますよね。
譜例1
赤丸で囲ってあるのが、A-B-E-G-G のモチーフ。
その直後のピンクで大きく囲んだ、Gis へのおおきな下降が魅力的。
ところが、Fantasie, Op. 17 の第二楽章では、譜例2に示すように、Robert にしては珍しく、上昇調のモチーフそのものが耳に残ります。 そして、この部分は、例によって、副付点音符の多用や、本来の拍子からのアクセントポイントの逸脱がみられます。 右手(上声部)と左手(下声部)とで、アクセントポイントが、微妙にずれている(16分音符1つ分)ことにご着目ください。 当然ながら、正確なリズムを、私は聴くときに重要視するのですが、リズムに厳しいことで有名な、伊藤恵さんの演奏でも、譜例2の最後の副付点四分音符と付点八分音符(譜例2の後半の傍線部)が、微妙にわずかに長く感じさせられるのです。
譜例2
傍線部は、上昇調のメロディラインを示す。
矢印で示しているのが、n'Guin が見落とした sfz
演奏家は、機械仕掛けのように正確なリズムを刻んでいるわけではありません。 曲想によって、微妙に曲の速度をゆらすことがあります。 むしろ、それがなければ、不自然に聞こえます。 なぜ、ここで、微妙に長くしているのかが、私にはわからなかったのです。 ロベルトの指示は、この部分でクレッシェンドが書かれています。 一般に、モチーフ展開中のクレッシェンド部分は、気持ち早めに(音の長さとしては短めに)演奏するのが普通です。 逆にモチーフの終了部は、気持ち遅く(音の長さとしては長めに)演奏されます。 譜例2の最後の部分は、傍線で示されるように、モチーフの途中経過で、しかもクレッシェンド部分にかかるところです。 気持ち長めに演奏されるのは、感覚的にあわないように感じていたわけです。
お勧めの曲・Fantasie, Op. 17 を掲載した時点で、『正直申し上げると、この曲の面白さや良さを、本当に開眼させてもらえる演奏に、私がまだ出会っていないような気がしてならないのです。』と、私は書き残しています。 その予感は当たっていました。 伊藤恵さんの演奏に対する大きな疑問を解いてくれたのが、竹村浄子さんのこの CD だったのです。
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先に掲げた、私の楽譜の読みは、誤った、底が浅い読み方だったのです。 左手側に着目してください。 赤丸で示されているように、ずっと、赤丸の sfz がつけられています。 当然、この音はしっかりと弾かねばなりません。 音の長さとしては、気持ち長めになります。 そうすれば、上述の部分はどうなるでしょうか。 そうです。 正解は、最後の sfz の部分(矢印で示した sfz)までは、気持ち長めで、しかも左手の通奏低音のような流れをしっかりとしっかりと弾いた後に、それを取り戻すがごとく、弾いていかねばなりません。 私は、矢印で示した sfz を見逃しており、楽譜の読みがはっきり間違っていたわけです。
竹村浄子さんは、この部分の左手の通奏低音のような流れを、効果的に弾いておられます。 それを聴いて、私は自分の誤りに気が付かせられたわけです。 私が、『正直申し上げると、この曲の面白さや良さを、本当に開眼させてもらえる演奏に、私がまだ出会っていないような気がしてならないのです。』と、書き残していたのは、正しかったのですが、それは自分の間違いゆえという恥ずかしい結果になりました。
さて、お勧めの LP/CD ですが、伊藤恵さんの演奏(Fontec FOCD2526)と竹村浄子さんの演奏(Toshiba-EMI, TOCE-55060)をあげないわけにはいきません。 伊藤恵さんの演奏は、いつもながらの安定した演奏です。 一方、竹村浄子さんの演奏は、『ロベルトの霊が、竹村浄子さんが乗り移っている』ような、情念を感じさせられる演奏です。 特に第3楽章は白眉の演奏だと感じます。 伊藤恵さんと竹村浄子さんの演奏は、好対照をなす演奏と言えましょう。 次点は、やはり、Denes Varjon(Naxos 8.550680)の演奏でしょうか。
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