Klaviersonate Nr. 1, Op. 11 (99/3/7 記)
 

Klaviersonate Nr. 1, Op. 11(ピアノソナタ第1番)は、Robert にとって、初の大形式のピアノ曲への試みでした。 ソナタとは、本来は、カンタータ(歌曲)に対して、器楽曲を意味することばでしたが、特定の形式に従った器楽曲を意味するようになっています。 ソナタは、普通、4つの楽章からなっています。 第一楽章は、ソナタ形式で書かれて、もっとも豊かな内容をほこる楽章になります。 第二楽章は、ゆったりとした緩徐楽章で、形式も三部形式や変奏曲形式がとられることが多いようです。 第三楽章は、メヌエット、スケルツォなどの部局で書かれ、三部形式などが用いられます。 第四楽章は、ロンド形式やソナタ形式で書かれて、全体を締めくくります。

さて、ソナタを説明しているのに、ソナタ形式で書かれていて・・・ では、説明になっていませんね。 というわけで、今度は、ソナタ形式の説明です。 ソナタ形式では、二つの主題があります。 まず、最初に第一主題と第二主題が提示されます(提示部)。 大概の場合、第二主題は第一主題の属調(5度上の調)あるいは平行調(調号が同じの長調/短調)なので、第一主題と第二主題の間には、転調のための経過部がおかれることが多いようです。 第二主題の後には、主題を閉じる小結部がおかれており、ふつうは繰り返し記号により、提示部が繰り返されます。 この繰り返しの後には、提示部の発展形が自由な形で展開され、次いで、提示部が変形されて現れて(再現部)、曲が終了していく(結尾部)。 これが基本ですが、実際には、提示部の前に序奏をおいたり、再現部の後で、コーダを置いたり、省略や繰り返しが行われたり、いろいろと発展形が存在します。

つまり、ソナタ(Op. 11)は、ABEGG Variationen Op. 1 から Carnival Op. 9 にいたる Robert が作曲してきたピアノ曲とは、構成の面で、非常に大きな違いがあるわけです。 ソナタは、バロックから古典派の長い経過をたどりながら完成されてきた大きな楽曲・形式ですから、Robert にとっては、歴史の本道を継ぎつつ、文学や幻想が横溢するロマン派の奔流を表現していかねばならない試練以外の何物でもなかったわけです。

  譜例1
Kraviersonate Nr. 1, Op.11 (5K)

赤丸は、副符点音符を示す。 左手の伴奏が、三連符の連続であることに留意。

第一楽章は、序奏から始まります(譜例1)。 赤丸で示したように、Robert 得意の副付点音符のオンパレードです。4分の3拍子で展開されていて、左手は三連符の連続ですから、右手と左手のリズムあわせは至難の技です。 力強い序奏は、50余小節に及びます。

  譜例2
Kraviersonate Nr. 1, Op.11 (6K)

第一主題の冒頭
赤線は、左手のモチーフを示す。 青線は、右手のモチーフを示す。
ピンクの線は、青線のモチーフの再現(応答)であることに留意。

  譜例3
Kraviersonate Nr. 1, Op.11 (5K)

第ニ主題の冒頭

第一主題(譜例2)は Florestan、第二主題(譜例3)は Eusebius なのかもしれません。 第一主題は、左手(赤線部)と右手(青線部)で異なる性格の主題(モチーフ)を二つ持っているように見えます。 これらの二つのモチーフは、提示部の展開部で、対位法的な深みをもって進展していきます。 左手のモチーフの特徴は5度の下降にあるわけですが、例えば、譜例4の赤丸部が、その単純な一例でしょう。 第一主題の展開は非常に華やかで長大ですが、第二主題(譜例3)は一度提示されるのみです。 第二主題はリズム展開も第一主題に比べて、穏やかなことがおわかりいただけるでしょう。

  譜例4
Kraviersonate Nr. 1, Op.11 (6K)

赤線・赤丸は、第一主題の左手のモチーフ(譜例2の赤線)の展開を示す。

展開部に入ると、第一主題の二つのモチーフの展開はもちろんのこと、譜例1で示した序奏のモチーフが顔を出すようになります(譜例5)。 これらのからみあいは、かなり複雑で凝ったものになっています。 一般に、古典派のソナタでは、序奏のモチーフが展開部ででてくるようなことはありません。 Robert のソナタの特徴と言えましょう。 再現部は、これまでと異なり、定型的で公式とおりですが、結尾といえるような展開はなく、第一主題の左手のモチーフで静かに終わっていきます。

  譜例5
Kraviersonate Nr. 1, Op.11 (6K)

赤線は、第一楽章冒頭の序奏の右手の再現であることに留意。

第二楽章は、アリアで、三部形式をとっています。 第一楽章とはうって変わって、優しいイメージの主題がすすみます。 冒頭を譜例6に示します。 ところで、譜例6の赤丸の部分ですが、第一楽章の序奏の一部(譜例7)とほぼ同じ展開であることがわかります。 このように楽章間にわたって、同じモチーフが展開されていくのは、古典派のソナタでは、極めて異例なことで、同様の例は、Beethoven の後期のソナタで見られるのみのようです。 

  譜例6
Kraviersonate Nr. 1, Op.11 (6K)

赤丸のメロディラインに留意。 譜例7の赤線(第一楽章、序奏)の再現である。

  譜例7
Kraviersonate Nr. 1, Op.11 (6K)

赤線部が、第ニ楽章冒頭のメロディライン(譜例6)に引き継がれている。

第三楽章はスケルツォと間奏曲になっていて、譜例6に示すように、Robert らしい、リズム展開があります。 最終楽章は、ロンド形式からなっていて、力強く全体をしめくくっています。

  譜例8
Kraviersonate Nr. 1, Op.11 (6K)

第三楽章冒頭。 赤線部の左手のリズムに着目したい。
八分音符と十六分音符にはさまれた、十六分休符を正確に
弾きこなしているかどうかが、チェックポイント。

クララがこの曲を当時のピアノの大家モシュレスの前で演奏したとき、モシュレスは「面白いが、きわめて凝った難しいもので、いくらか混乱している。」と語ったそうです。 先に述べたように、この曲は、古典的なソナタでは、異例なモチーフの展開を示しております。 しかし、そのような展開は、Robert の初期のピアノ曲では当たり前の展開だと言えます。 ロマン派的な幻想をソナタに持ち込み、古典派のピアノソナタにない魅力を醸し出しているのは確かで、Robert のこれまでの小品や変奏曲での技巧の集大成というべきでしょう。

この曲の演奏を考える場合に、私が重要視したいのは、1) リズムの正確さ、2) モチーフの絡み合いが聞き手によく伝わること、3) モチーフを叙情的な面からの弾き分けることの三点を上げたいと思います。 この三点を満たした、お勧めの LP / CD ですが、 伊藤恵の演奏(Fontec FDCD2521)を第一に推薦します。 この演奏は、先に上げた三点をどれも満たしており、モチーフの弾き分けの巧みさに舌を巻くしかありません。 伊藤恵と同様に優れた演奏としては、エミール・ギレリスの録音(Recorded in USSR と記載)があります。 伊藤恵より、若干ゆったりした演奏です。 非常に残念なことに、入手困難でしょう。 次点としては、ポリーニをあげることができるでしょう。 ポリーニの演奏は、若干テンポが速すぎることと、やや単調なのが欠点ですが、この曲の良さを良く表しております。

(以下 99/4/18 追記)

おすすめの録音に、Lazar Berman の LP (Melodiya OC063-98602 = EMI, ASD3322) を追加いたします。 伊藤恵の演奏のもとになった演奏ではないかと思えるほどの出来で、強く推薦できます。 伊藤恵を若干無骨にした演奏といえば、想像がつくかもしれません。 残念なことに、CD 化されたという話を聞きませんので、大変入手困難なのが残念です。

先にギレリスの演奏をお勧めしていますが、BBC より、コンサートライブの CD が発売されました。 こちらは、先の LP 録音と異なり、平凡な演奏と言わざるをえません。 お間違えありませんように。

(以下 99/7/11 追記)

Lazar Berman の録音が、CD 化されているという情報を、掲示板にて、カイジさんから教えていただきました。 ありがとうございました。

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